物語

天使が舞い降りた日には* 7

「私、電車に乗るのって私、好きです。」
と、彩が笑った。僕は自分の身長より、頭一つ分くらい小さい彩の頭をなでた。もっと時間があればもっと彩に色々なものを見せてあげられるのに。
 今僕の近くのいる人間が彩だ、ということもあるが、いつの間にか、僕は彩の存在を近く感じるようになった。
「電車、来ましたよ。」
彩が遠くに見えてきた電車を指差す。僕らは行きと同じような内装の通勤電車に乗り込んだ。
僕らは降りた駅は先ほどの二つの駅より、もっと整備の整った駅だった。駅員に切符を渡し、駅の構内にはポスターや時刻表が貼ってあり、アナウンスが流れている。
「映画、見に行こう。」
「はい!」
 僕の提案に彩は快く答えてくれた。最近僕が見た映画。外国映画で、一般人である主人公が正体不明の人物から電話がかかり、次々と事件に巻き込まれていくという話で、僕が好きな場面はカーチェイスのシーンだった。雑なハンドル操作で道路を走り抜ける車と、サイレンをけたたましく響かせる何台ものパトカーが繰り広げる予測不可能な運転。ドリフトの音、サイレンの音、エンジンの音・・・・・・。僕の胸を高鳴らせるためには充分だ。
 僕らは駅に面するショッピングモール内にある、僕が小学生のころからよく行っていた映画館へと移動した。上映中の映画のポスターが貼られた壁には、アニメ、ドラマ、洋画と、たくさんのジャンルがある。僕は二人分のチケットを買い、数字が大きく書かれた映写室へ入るとすでに何人かのグループが座っていた。
「・・・・・・今が楽しいです。」
 彩が言う。僕は、その言葉の裏にもう一つの感情が隠れているような、そんな気がした。
「亜紀良さんと、出会えて。」
 僕は彩の横顔を見た。日本人離れしたくっきりとした顔立ち。
「そうか。」
 僕は言う。スクリーンの画面に映し出されていた注意事項が消え、公開中の映画の宣伝が流れだす。動物がしゃべるアニメ、ノンフィクションのスポーツドラマ、外国のアクション映画。
 それも終わり、ようやく映画が始まる。外国と日本は大きく違うんだなぁ、と思う。警察が逃げる犯人に向って街中でも発砲しているのだ。本当にこんなことがあっているのか、外国には修学旅行と一週間のツアーでしか行ったことない僕は確かめることもできなかったし、そんな事件に巻き込まれたいなど馬鹿なことも考えなかったが。
 カーチェイス。やっぱり僕の胸を高鳴らせる。『逃げ切れ!』そう、心中で叫ぶ。
 映画が終わり、僕らは映画館を出た。こんな映画を見た後、なんというか、やっぱり現実はこうなんだなぁ、という気分になる。しかし、今日はさほどそういうことは感じなかった。あたりまえだが。
「面白かったですね!」
 彩が僕に満面の笑みを浮かべた。
「良かった。」
 彩と映画のシーンについて話しながら映画館を出て、ショッピングモールに入った。

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