物語

天使が舞い降りた日には* 6


僕にとってはいつもの町、いつもの風景だが、隣の彩の目には何もかも新鮮に映っているのだろうか。僕のマンションから見えた駅は、徒歩十分程ですぐに着いた。この無人駅のホームに今、僕ら二人だけだった。無造作に置かれた木製のベンチに僕らは腰かけて、割れたトタン屋根の間から見える青空を仰いだ。
「彩。」
 彩は線路を眺めていたようだが、僕の呼びかけると僕のほうに視線を向ける。そのとき、振動と突風とともにホームに電車が滑り込んできた。僕らはその古い通勤電車に乗り込み、空席の多い車両に座る。心地よい振動と、一定のリズムを刻む電車の音。僕のマンションから見えていた踏切を通り過ぎる。
 彩は子供のように首を窓のほう見向け、目の前を一瞬で通り過ぎていく風景を見ていた。
 そのうち、外の風景も海に変わる。大きく開けた砂浜。そして、畑の多い風景へと変わる。 自転車を扱ぐ女子中学生がこちらを見ていた。行くあても良く考えず買った切符の行き先を確認する。この切符では隣町までは行けそうだ。彩は初めて電車に乗った子供のように、目を輝かせ外の景色を眺めていた。 僕らの乗っている車両に幼稚園生くらいの男の子を連れた親子がいたが、その男の子と彩の目の輝き方が張り合えるくらいだ。彩は、その男の子のように小さな靴を脱ぎ捨て、窓に顔を付けて外を見ていたわけではないので、男の子のほうが勝っている。
 間もなく、電車のアナウンスが流れ、女性が流暢な日本語で次の駅名などを告げる。
 僕らが下りた駅は、此処も人気のない無人駅だった。でも、この駅のほうが古いということは一目見ればわかる。古く秒針のない柱時計は十二を指していたので、僕らはその駅の隣にあった『うどん、そばあります』と書かれた狭い食堂で昼食をとった。彩が箸を僕よりうまく使っていたので、彩のほうを見ていると、彩は僕の視線に気づいたらしく僕に小声で言った。
「人間ですから食事はしますよ。今は機械じゃないですし。」
「そういうことじゃなくて、箸の使い方。」
 僕が彩の手元を指差すと、彩は不思議そうに自分の手元を見る。
「箸の使い方が慣れてるんだなぁ、と思って。」
「箸、ですか。」
「だって彩は人間だろ。そんなこと聞かなくてもわかる。」
 僕はまた味の薄い蕎麦を啜る。今度は彩がしばらく僕のほうを見ていた。僕らは食事を終えると、これから何処へ行くかを考えた。  
 家を出る際にもっと予定を立ててくるべきだった。
 彩がどんな所へ行きたいか、僕には予想がつかないので彩に聞くしかない。しかし、彩は「亜紀良さんが好きな場所へ、連れて行ってください。」と答える。そりゃあ、僕だって自分の好きな場所に彩と行きたいとは思うが、時間がある。彩と今日を含め後三日しか一緒にいられない、ましてや彩は後三日しか『自由』になれないのだ。
「なにか、どんなところでもいいから行きたいところがあれば行ける範囲、連れて行ってやれるけど。」
 しかし、彩は首をかしげるばっかりで、僕はため息をついた。しかも、今此処から考えている時間がもったいない。僕は定食屋から出ると、思いきる伸びをする。僕らは先ほどの駅に戻り、行きより短い距離の切符を買う。彩とホームに立つ。


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