物語

天使が舞い降りた日には* 1

天使が舞い降りた日には* 1

―――本当に「彩」は天使ではなかったのか。

僕の仕事が長引いてしまったため、いつもより遅く帰宅することになった。
僕は滑らないよう、足元に注意しながら一歩一歩慎重に歩く。革靴に水が染み込み、足が凍るように冷たい。
帰りの電車が来るまでにもう少し時間がある。急いで駅の待合室に入り、そこの中央にある使古された暖房機に身を寄せ、僕が経験した不思議なある冬の出来事を思い出す。
 「彩」と出会った日も確かこんな雪の降る寒い夜だった。
景色は一面灰色に塗りつぶされ、月の光が町を包みこんでいた、そんな夜に。


数字、数字、数字、数字、数字、数字、数字、数字・・・。
社会は人の値をこれで決めつける。
数字、数字、数字、数字、数字、数字、数字、数字・・・。
高い数字を得た者が勝者。
低い数字を背負う僕はただその数字を覆すこともできず、勝者を見上げて生きる。
高い数字を得るためにただただ真面目に生きるのか、自由を得るために低い数字に落ちぶれるのか。
僕は決して高い数字でないので、僕がそんなことを思うのはただの泣き言だろうか。
今日も繰り返しの一日を終え、背広を着た社会人に交じり電車に乗り込む。
僕は誰にも知られずに終わるのか。ならば非日常な生き方をしてみたい。
波乱万丈な、一心不乱に大きなことをしてみたい。
僕は人気のない通いなれた駅で下車し、その駅と接する昔ながらのアーケードを歩いていた。
このアーケードの先にある十階建てのマンションが今、僕が生活している場所だ。
僕が最上階に住んでいるのは大家と言うわけでも、買い取ったというわけでもない。ただ、僕がこの街へ引っ越してきたときに丁度、このマンションは最上階しか空き部屋がなく、前の住居人が行方不明になったという理由で少し家賃も安かったわけだ。
この街の夜のアーケードは昼間に見当たらないような人で、昼間とは違う賑やかさで彩られる。そんなアーケードの先から綺麗なギターの音色と、二人の歌声が聞こえてきた。
そこでは僕より少し年下の男子二人が仲良くギターを弾き、その鮮やかな美声で人々を魅了する。
この二人はこの街で名の知れたシンガーである。三年前、このアーケード先の交差点で片方が雨でスリップしたトラックと事故を起こした。事故を起こしたトラックの運転手は即死で、まだ高校生だった彼は意識不明の重体。「もう助からないだろう。」と見舞いに行った知り合いが呟いていた。僕も偶然、事故が会った時間にアーケードを歩いていたので、トラックのクラクションや轟音、彼の名を呼ぶ声、救急車のサイレン、そして大雨の音ははっきり覚えている。
僕は彼らの歌の耳を傾けた。低音と高音がサビではっきりわかれ、人間の声ではないようで、とても惹かれていく。
事故に遭った茶髪の青年の体に目をやると、彼の前髪で隠れた額や左頬、ギターを握る左手からは手術の痕が残っており、足元には松葉杖が一本置かれている。彼はとても楽しそうに歌っていた。相方の黒髪の青年は事故の数日後にアーケードを覚束ない足取りで、両手をだらりと下げ、目の下には隈をつくり苦しそうな姿を見た。次に二人を見たのは事故から丁度半年後くらいだろうか、アーケードでまた歌声を響かせていた。たくさんの人が足を止め、彼らの復帰を喜んだ。彼らの働く店の常連客や彼らの歌声が聞こえていた店の店員は感動の涙を流した。この街で彼らのことを知らない人の方が少ないだろう。
曲を歌い終えた二人は目の前に僕に一例し、「アーケード抜けた先のバーでも歌ってるんですよ。」と茶髪の彼が僕を見上げて言った。
「友達と行ったことがあるよ。雪が降り始めたみたいだし、まだ寒くなるから身体には気を付けて下さいね。」そう僕が答える。
「ありがとうございます。今からまた店のほうで仕事、あるんです。」
黒髪の青年が僕に言う。ギターをケースに戻し、折りたたみ式の椅子を壁に立てかけ、店のほうへ歩き出す。茶髪の青年は左手に松葉杖を持ち、二人歩き始めた。僕も家路へ歩き出す。
あの二人は本当に強い。
雪が積もり始めており、空で灰色の生き物が飛んでいるようだ。雪の上に僕の足跡が残っていく。
マンションに着いた僕は、ポストを確認し、エレベーターのボタンを押した。
各階を過ぎるたび、その階の扉がガラスで向こうが見られるようになっているため、玄関先にも積もっていることがわかる。
ようやく十階、最上階に着いた。
・・・・・・?
一部だけ雪がたくさん積もっていて、確実に雪の下に何かがあるとわかった。
僕はその雪を手で払いのけると、僕より少し小さな生き物だった。


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