物語

雫の音色♪ 9

今日は祝日で僕はいつもよりゆっくりと過ごしていた。
八時に起きて、自室のカーテンを開くと、晴れた空には雲が所々に浮かんでいた。
それから机に散乱した参考書と問題集を重ね、リビングへと階段を下りる。
「はよー。」
妹の間延びした声が聞こえた。
妹も今起きたばかりなのだろうか、パジャマ姿で髪は寝癖だらけだ。
家族も僕の事を気遣ってくれている。階段を下りているときに微かにテレビの音声が聞こえていたが、今テレビはついていない。
僕は顔を洗い、朝食を取り、また自室へと戻ろうとしたそのとき、ドアの近くにある電話が鳴り響いた。
電話に一番近い場所にいた僕が受話器を取った。
「もしもし……」
相手の声は花魁のようだった。
「悠かい? 今から病院に来るんだよ。わかったね?」
そこまで聞くと僕の手から受話器が滑り落ちた。
僕は玄関に置いているジャンバーを羽織ると家を出た。
誠二に何があったんだ?
想像していた最悪の結末が、脳裏に蘇る。
消えろ、消えろ!
いくら願ってもそれは消えやしない。
僕は街を走り続け、ようやく病院が見えてきた。
待合室を抜け、エレベーターのボタンを押したが八階で止まったまま動こうとしない。
僕は隣にある非常時用の階段で五階まで駆け上がった。
五階まで登るのはさほど疲れなかったが、焦る気持ちが大きくて足がもつれてしまう。
病室の前で花魁が立っていた。
「遅かったじゃないか。」
僕はその場に泣き崩れた。
きっとこの扉を開くと誠二はいるのだろう。そして、僕の感情は狂ってしまうだろうか。
「早く行ってやりな。」
僕は花魁に支えられて中に入った。
そこにはいつも通り、ぐったりと横になる彼の姿があり、僕は彼にすがりよった。
なんで……なんで。
強く彼の右手を握りしめた。
彼に対する怒りと後悔、罪悪感……たくさんの感情が混じり合う。
「誠二。悠の手だよ。」
花魁がそう彼に向って言った。
その時、微かにそれは僕の手の中で動き、次第にはっきりと僕の手を握り返した。
「意識が戻ったんだよ。」
花魁が誠二の頭をなでた。
まだ酸素マスクを付けているが、確かに彼の口元が動く。
聞きとることはできなかった。
しかし、しっかりと彼の瞳は僕に向けられていた。
「誠二……。」
さっきまでの感情はどこかへ消えてしまい、僕は嬉しくてたまらなかった。
「言っただろう? 馬鹿は死なないってよ。」
花魁が笑った。
誠二が完治するまでにはまだ時間はかかるだろう。
でも、また僕らは一緒に演奏することができるだろう。
そしてまた、自作の曲を作って、あの浜辺で歌うんだって。
そう、一人ではなく二人で……


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