物語

雫の音色♪ 8

僕は少しずつだが、受験生という現実と向き合うことになった。
息抜きにリビングに行くと、母と妹がテレビを見ながら喋っている。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐと一気に飲み干す。
僕はテレビに目をやると、丁度次のニュースに変わったらしい。
若い女性のアナウンサーが口を開く。
ニュースを聞いて僕は強く胸が締め付けられたように苦しくなった。
膝を床につけて頭痛を抑える。
徐々に呼吸が苦しくなる。
フラッシュバックのようにあの光景が蘇える。
車の音、人の声、ガラスの割れる音、雨の音、そして……。
「……お兄ちゃん?」
妹が振り返り、僕を怪訝そうな顔で僕を見ていた。
「悠?」
母が立ち上がり、心配そうに僕に近寄った。
まだそのニュースは続いている。
「消してくれ!」
狂ったような大声が部屋に響き、自分の声に驚いた。
妹が急いでテレビを消すと、部屋には僕の荒い息遣いだけが聞こえていた。
ニュースの内容は、車がスリップして事故を起こし死者がでたというものだった。
不安だった。
怖かった。
今の自分の行動がそれを物語っていた。
「ごめん。」
呼吸を整えてから立ち上がり、自室へと戻った。
考えるほど悪い方向を想像してしまう。
僕は部屋のドアを閉めるとベッドにうつぶせになり、枕に顔を埋めた。
病院での出来事を思い出す。
今日、待合室で誠二の父親を見かけたが、目の下には隈ができ、体は痩せこけていた。僕より何十倍も辛いだろう。あいさつをしたが返事はなかった。
誠二とはガラス越しにあうことができた。
たくさんの機械に管で繋がれ、体中包帯を巻かれている。
ギターを弾いて、笑っていた誠二は今の姿から想像できない。
もう一度、誠二と一緒にギターを弾いて、歌いたい……。
僕はそのまま家に帰った。
学校は気を紛らわせるために通っている気がする。
クラスの皆はもう受験に向け、必死で勉強していた。
その空気の中、僕一人浮いている気がしたのは気のせいだったのだろうか、僕だって皆同然必死で勉強しているつもりだった。
志望校も決めて、目標に向って頑張っていた。
事故があった日、ガラスで切った傷はまだ少し跡が残っているが、すでに過去のものとなっていた。
学校の帰り道、あの浜辺に行った。
こんな真冬に海に来る人なんていないことくらい知っていたが、やはり誰もいない海は寂しかった。
僕は、浜辺へと降りるコンクリートの階段に腰を下ろし、海を眺めた。
今の自分もこの冬の海と変わらない。
僕は立ち上がった。
誠二が元気になったら、二人でまたここに来よう。
そしてまた新しい曲を作って歌うんだ。
そしてまた……一緒に笑うんだ。
苦しくなるくらい笑うんだって。
『人生の半分は良い事。もう半分は悪い事が起こるんだ。』
だから、もう少し頑張ろう。
そして、鞄を持つと家へ走った。
もう少し……もう少しの辛抱だから。


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