物語

雫の音色♪ 7

あれから何日が経過したのだろうか。
僕は病院の廊下を歩いていた。
もうすぐ受験を控えているのに、いくら勉強しても全く頭に入らなかった。
ヤバいと思ったが、やはり何も出来ない。
誠二は今、生死の境目を彷徨っている。
必死で生きようとしている。
だから僕は、此処にいなければならないと思った。
誠二の父親と病院で会った日、僕は何を言っていいかわからずただ下を向いていた。
「誠二は絶対大丈夫だから、それまで俺達も頑張ろうな。」
僕は頷くことしかできなかった。
言葉より先に嗚咽が漏れる。
「……絶対、大丈夫だから。」
少し僕の心は落ち着いた気がした。
そして、僕に誠二の父親は、彼の愛用していたピックを手渡した。
「あいつが目覚めたときに渡してほしい。」
相棒のいないピックはなんだか悲しげに見えた。
「最高の演奏をまた聞かせてくれよ。花魁も待ってるからさ。じゃあ店に帰るよ。」
そう言って廊下を歩いていった。
花魁ともしばらく合ってないな……
そんなことを考えて病院を出ると、丁度花魁に逢った。
今日は店の制服を着ていないせいか、いつもと違って見える。
カールしたロングヘア、真っ赤に塗った厚い唇、ブランド物の重ね着。
「……花魁?」
低い声で花魁が言った。
「相棒はどうなんだ?」
僕等は病院の外にある喫煙コーナーのいすに腰掛けた。
花魁は愛用の煙草を一本取り出し、火をつける。
「悠も大変だったねぇ。」
僕は返事ができず、うつむいたままだった。
すると、優しく僕の頭を撫でてくれた。
「全く、まだまだ子供だねぇ。」
花魁が白い煙を吐き出す。
「……誠二は、」
僕は口を開いた。
しかし、花魁が僕の口に手を当てた。
「大丈夫。馬鹿は死にゃあしないさ。」
僕は目を閉じた。
「泣きたい時は泣くんだよ。でなきゃ体に悪いからね。」
花魁は僕を近くに引き寄せた。
一筋の涙が僕の頬を伝う。
自分が子供の様に感じた。
「願いなんざぁ、信じれば叶うもんさ」
煙草のにおいが鼻につく。
「また、二人で良い演奏を聞かせておくれ。」
僕は頷いた。
「誠二が目覚めたら絶対聞かせてやるよ。」
「私の前でのミスは許さないよ。」
僕は小さく笑った。
僕等はそんな会話を続けていた。
「あんたも体に気をつけるんだよ。」
日が傾いてきていた。
花魁が立ち上がり、バッグを肩にかける。
「誠二も頑張ってるんだ。あんたが頑張らなくてどうする。」
そう言って僕の肩を叩いた。
「花魁も夜はほっつき歩くんじゃないぞ。」
僕の精一杯の強がりだった。
「何言ってんだい。夜は私の時間だよ。」
花魁は僕に軽く手を振った。
花魁の言葉は僕を勇気付けてくれた。
……誠二も頑張っている。僕も頑張ろう。
僕は病院を後にして、走って家へ帰った。
やはり勉強は頭に入らなかったけど、心は少し楽になった気がした。


[先頭ページを開く]
[指定ページを開く]


<<重要なお知らせ>>

@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
@peps!・Chip!!は、2024年5月末をもってサービスを終了させていただきます。
詳しくは
@peps!サービス終了のお知らせ
Chip!!サービス終了のお知らせ
をご確認ください。




w友達に教えるw
[ホムペ作成][新着記事]
[編集]

無料ホームページ作成は@peps!
無料ホムペ素材も超充実ァ