物語

雫の音色♪ 5

しかし事が起きたのは高三の初冬のことだった。
僕等は商店街を通って、バーに演奏をしに行く途中だった。
いつも通り何気ない話題で盛り上がり、笑っていた。
今日は天気が悪く朝から曇っていて、昼には小雨が降っていた。
今は止んでいるが地面は湿っていて、土が靴の裏に張り付く。
商店街の中はコンクリートなのでそういう心配は要らない。
「まだ雨は降るんやないかなぁ。」
誠二がそういった。
確かに雨の中、ギターを背負っていくと濡れてしまい、そってしまう恐れがある。
「だから今日は親父のギターを借りよう。そうしたらギターそのものが濡れる心配もないだろ。」
バーには誠二の父親が趣味で集めたギターが何本か立てかけてある。
それを使うと言う事なのだろう。
「でも、ピックは持って来いよ。」
「あぁ。それは持ってくるよ。」
一度、練習時にピックを忘れ、誠二の物を借りたことがあった。
しかし指に合わず、何度もミスをした。
自分に合ったピックでないと良い演奏は出来上がらない。
僕は黒の地に金で文字の入ったピックを手の中で回していた。
誠二も隣で白の地に青い文字の入ったピックを回している。
雨が降ったせいか、灰色の空には雲が多く星一つ見えない。
冬は日が沈むのが早く、今は午後六時だが外は暗い。
商店街を抜け、細い道へと入り、大きな通りに出て、横断歩道を渡り、そこを右に曲がる。
店への道は、僕の脳内にインプットされている。
僕等は商店街を抜けた。
「うわ、また雨降り出してるよ。」
誠二が嫌そうに呟く。
街灯の明かりを見ると雨がその明かりによって照らされ、大雨だと言う事がわかる。
「どうする?」
僕等は傘一本持っていなかった。
「雨が当たる場所は走ればしのげるさ。」
僕はそう言った。
雨が当たるのは、今から通る細い道と横断歩道だけだ。
僕等はピックをポケットに入れると雨の中を走りだす。
地面に溜まった水が跳ねる。
細い道を走りぬけ、大通りで息を抜く。
まだ信号は赤で車が僕らの目の前を走り去る。
手で顔を拭った。
「寒……」
濡れた服を絞ると水が出てきた。
「親父に叱られるー。」
誠二が間延びした声を出す。
「傘ぐらい持ってくりゃあ良かった。学校には持っていったのに雨降らないしなぁ。」
「持っていったのか? こないだ傘、壊さなかったっけ?」
僕は聞いた。先月、雨が降った際に誠二が傘を開いたまま学校の玄関を出たため、玄関に傘が当たり傘骨が折れてしまっていた。
「壊したけど。」
誠二は軽い口調で言った。
前を見ると、歩行者用の信号は青に変わっていた。
雨が降り、車が滑りやすくなっているのだろう、車がスリップする音が聞こえる。
クラクションの音が交じり合う。
「渡ろうか。」
僕より少し先に誠二が走り出す。
誠二の跳ねた水が僕のズボンにかかり、僕は一歩後ろに下がった。
そのとき、車のスリップする音が近くなった。
一瞬にして眩しい光が視界を覆い、僕は目を細める。
それは前を走っていた誠二を飲み込んだ。
そして、ガラスの割れる音、激しく何かがぶつかる音、車の走る音、人の叫び声、雨の音・・・・・・
僕は今起こった事態が上手く飲み込めず、その場に立ち尽くしていた。
人の肩が僕の肩に当たり我にかえった。
目の前には大きなトラックが知らない店に突っ込み、割れたガラスが一面に散らばっている。
そして、少し離れたところに彼は倒れていた。
僕は急いで誠二のもとへ走り、倒れた彼を抱き上げ名前を呼ぶ。
しかし、誠二は全く動かず、彼の口から血が流れた。
僕の足元にあった水溜りが赤く染まっている。
……まさか。
僕は自分の服を見た。
べっとりと赤黒いものが付いていた。
「誠二!」
僕は怖くなった。
どこから出血しているのかわからないがすごい量だ。
僕の指にちくりと痛みが走る。
手を見るとガラスの破片が刺さっていた。
ガラスが彼の身体を切り裂いたのだろうか?
周りに散らばっているガラスの破片にも彼の血が付いている。
店に突っ込んだ大きなトラック。あれが彼の体を破壊した。
誠二の身体から流れる血は雨水と混じって流れてゆく。
遠くから救急車の音が聞こえてきた。
僕の力が一気に抜けていく。
僕はそれから何がどうなったのか、よく思い出せない。



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